福岡高等裁判所 昭和26年(ナ)30号 判決
原告 上田実 外一名
被告 佐賀県選挙管理委員会
一、主 文
原告等の選挙無効に関する請求を棄却する。
原告等の当選無効に関する訴を却下する。
訴訟費用は原告等の負担とする。
二、事 実
原告両名訴訟代理人は「昭和二十六年四月二十三日執行された佐賀市長選挙並に同市議会議員選挙の効力に関し原告等のなした訴願について被告が同年十月十八日になした訴願棄却の裁決を取消す。右各選挙を無効とする」、もし右選挙無効の請求が理由のない場合には「右各選挙による当選を全部無効とする」「訴訟費用は被告の負担とする」という判決を求め、その請求の原因として、
一、原告等は、昭和二十六年四月二十三日に同時に執行された佐賀市長並に同市議会議員の選挙に際し、選挙人で且つ市議会議員候補者であつた。選挙会においては、市長選挙について候補者小野哲一を当選者(得票数一五、九九六票)候補者深町作次を落選者(得票数一五、二九八票で次点)、市議会議員選挙について候補者石川吉外二十九名を当選者(最高位当選者石川石吉の得票数九二〇票、最下位当選者井上馨の得票数三六一票)、原告両名を含むその他の候補者を落選者(久原八郎の得票数三六〇票で次点)と決定し、同月二十五日その旨を告示した。原告等は本件各選挙について選挙及び当選の効力に異議があつたので、他の選挙人等とともに同年五月六日佐賀市選挙管理委員会に対し異議の申立をしたところ、同委員会は同月十七日異議を却下する旨の決定をし、原告等は同日該決定書の交付を受けたので、更に同月三十一日被告に対し訴願の申立をしたところ、被告は同年十月十八日訴願を棄却する旨の裁決をし該裁決書は同日原告等に交付された。
二、しかし本件各選挙又は当選は以下に述べる事由によつて無効である。
(一) 市長候補者小野哲一は前佐賀市助役で同市吏員の大多数の者と上司下僚の関係にあつたため、同市吏員の中には同候補者のため選挙運動に従事した者や、市議会議員候補者に対し市長選挙について小野候補者を支援するよう請託するとともに、市議会議員選挙についてはその請託を受けた当該議員候補者を支援する態度を示した疑惑を招いた者があつた。ことに佐賀市選挙管理委員会の委員長である小柳万吉は小野候補者の選挙事務所にしばしば出入し、同委員会事務局職員にもその影響を与え、本件各選挙について不公正な事務取扱をした事実があり、そのため選挙の公正は極端に蹂躙された。以上の事実は本件選挙又は当選の無効事由として主張するものではないが、かような情況の下に行はれた本件各選挙において、
(1) 選挙人名簿及び同補充名簿の調整が不備のため、すでに他の市町村に転出して選挙権を失つた者に投票所入場券を発行した結果、有効投票として処理された投票中に選挙権のない者のなした無効投票が百四十三票ある。元来投票所入場券は市選挙管理委員会においてあらかじめ選挙人に配布するものであるが、転出者の分は配布不能として返還される筈のものであるから、かように多数の不正投票が行はれる筋合ではない。この裏面には当該係員が返還された投票所入場券の措置を誤り、更に進んでこの入場券を不正に行使して投票をなし、或は何人かに不正投票を行わせたのではないかと推測される。又配布不能の入場券を投票当日投票所に送致しているが、入場券がなくても投票することはできるのであるから、これを投票所に送致する必要はないのみならず、送致すればかえつて不正行為をなす余地を与えることになる。要するにこれらの無効投票は配布不能の入場券の管理措置を放漫にし選挙管理に違反したことに基因するものであつて、単に当選無効の事由たるに止らず選挙無効の事由となるものである。
(2) 開票総数は投票録記載の投票総数と同一であるか又はこれより少数でなければならない。しかるに、本件各選挙を通じ第一投票所及び第六投票所の投票録の投票総数の記載は選挙終了後昭和二十六年九月初頃に至つて書改められ、両選挙とも三百三票宛投票数を増加して開票総数と一致するよう訂正されているが、かような訂正は許さるべきものではない。
又本件各選挙について投票用紙の出納を明確にすべき書類の作成がなく、且つ使用残りの投票用紙が甚だ不始末に放置され、選挙人名簿と照合しても投票総数を明確に知ることができない。かような状況では開票完了前に何人かが使用残りの投票用紙に候補者の氏名を不正に記入してこれを他の投票に混入させたのではないかと疑えないこともない。もしかような事実があれば、かかる不正手段の余地を与えた投票録作成の不備並に投票用紙の管理の不始末は選挙及び当選の効力に影響を及ぼすことは当然である。
(二) 公職選挙法(昭和二十七年法律第二五一号による改正前の同法以下同様)第四十八条の規定による代理投票の申請があつた場合には、投票管理者はその都度投票立会人の意見を聞いた上補助者(代筆者及び立会人)を選任しなければならない。しかるに本件各選挙においては佐賀市吏員中よりあらかじめ二名の補助者を選任し、代理投票の申請をまつて自動的にこれらの吏員をして代理投票をさせている。本件のように前市助役又は前市議会議員が立候補した選挙において、平素情実関係の密接な吏員をあらかじめ補助者に選任して代理投票をさせたことは、選挙人の意思を無視した違法不公正な措置であつて法令に反することは勿論であるから、右代理投票は無効である。そうしてかような無効の代理投票は二百九十一票に及んでいる。
(三) 本件各選挙における不在者投票について次のような違法がある。
(1) 該当事由の不当認定
養老院に入院中の選挙人黒木ワイ、木村甚一、北村タカ、関岡徳次、峰豊次、村山与太郎、的場熊蔵、西村ソメ、松永勝源、中島イソ、帆足清白、平郡タツノの十二名、養老院関係外の選挙人佐佐木勇、宮田妙野、円城寺ヨシヱの三名、合計十五名の者は、疾病のため現在場所において投票するという事由で佐賀市選挙管理委員会に本人自ら出頭して不在者投票用紙の交付を受けている。
かように本人自ら出頭することのできる選挙人について、同委員会委員長が他に特別の事由を探究することなくその申立つるままに不在者投票事由を認定したのは違法である。
又養老院で投票の記載をした前記十二名中十一名の投票用封筒表面の記載は何人かの代筆で当該選挙人の自書ではないから、不在者投票管理者たる同委員長は、その不在者投票は受理すべきものでないという意見を付してこれを所属投票区の投票管理者に送致し、その送致を受けた投票管理者も同様の措置をなし、最後に開票管理者において不受理の決定をしなければならないにかかわらず、そのような措置がなされていないのはこれ亦違法である。
(2) 不在者投票用紙等の交付の違法
不在者投票用紙等の交付請求をするには公職選挙法施行令(昭和二十六年政令第二六七号による改正前の同令。以下同様)第五十二条第一項により同項各号に掲ぐる者の作成した不在者投票事由に関する証明書を提出しなければならない。もつとも同条第三項によれば疏明を以てこれに代えることができるけれどもそれはどこまでも例外である。同条第二項によれば証明者は不在者投票事由を相当と認めるときは直ちに証明書を交付しなければならないのであるから、市町村選挙管理委員会の委員長はよくよくの事情で証明書が得られない場合にのみ同条第三項の疎明によつて不在者投票事由を確認した上不在者投票用紙等を交付すべきものである。しかるに本件各選挙において不在者投票用紙等の交付に際し、公職選挙法第四十九条第一号及び第三号の不在者投票事由に関し証明書を提出させてないものがあり、ことに同条第二号の不在者投票事由に関し成規の証明書を提出させたものは僅少で、大部分は選挙人自身で作成した自己証明書を提出させている。かような簡略便宜の措置は法の認容するところではないから右交付手続は違法である。
公職選挙法第四十九条第三号に該当する選挙人でその現在場所において投票の記載をしようとするものは、郵便又は同居の親族により文書を以て不在者投票用紙等の交付請求をすることができるが、同居の親族によつて請求する場合にはその親族は代理人であるから、請求書に代理人の資格及び住所氏名を記載すべきものといわなければならない。しかるに本件各選挙において佐賀市選挙管理委員会の委員長は代理人による請求の場合にも、漫然選挙人名義の請求書を徴しただけで代理人の資格及び住所氏名を記載させていないのは違法である。
又いわゆる指定病院以外の病院に入院中の選挙人坂口ツル子、迎徳一の二名については同病院の院長の請求により、公職選挙法第四十九条第二号の該当者である選挙人高部カノについては吉田政雄の請求により、それぞれ不在者投票用紙等を交付しているが、これらの請求者は法令上請求の資格がない者であるから、その交付手続は違法である。その他にも請求書及び証明書等の書面を全然提出させないで不在者投票用紙等を交付したものがあるが、これ亦違法である。
(3) 違法無効の不在者投票の受理
(イ) 公職選挙法施行令第五十六条によつてなされた不在者投票を封入した投票用封筒には、これを受取つた不在者投票管理者において、封筒の裏面に投票の年月日及び場所を記載して記名し、且つ投票立会人に署名させなければならない。しかるに本件各選挙において、同施行令第五十六条による不在者投票三百九十五票中これらの記載が完備したのは選挙人池田君の投票だけであつて、他の三百九十四票はそれらの記載が完備していないから無効の投票である。
(ロ) 同令第五十八条によつてなされた不在者投票を封入した投票用封筒には、その表面に選挙人において、その氏名並に投票記載の年月日及び場所を記載しなければならない。しかるに本件各選挙において同令第五十八条による不在者投票四百四十七票中、投票記載の年月日の記載のないものが百四十七票、投票記載場所の記載のないものが百四十三票で、右両記載事項の内その一又は二を記載してないものが通して百七十八票ある。なお選挙人は投票を封入した投票用封筒を、更に他の適当の封筒に封入しなければならないのに、かような外封筒に封入した投票は一票もない。従つて前記四百四十七票は全部無効である。
(ハ) 同令第五十九条によつてなされた不在者投票を封入した投票用封筒には、これを受取つた不在者投票管理者において封筒の裏面に投票の年月日及び場所を記載して、これに記名し且つ投票立会人に署名させた上、これを不在者投票証明書とともに他の適当な封筒に封入しなければならない。しかるに本件各選挙において同令第五十九条による不在者投票七十二票中、投票用封筒の裏面の記載の完備しないものが二十八票あり、外封筒に封入したものは一票もないから、右七十二票は全部無効の投票である。
(ニ) 同令第五十七条による不在者投票を封入した投票用封筒も選挙人において、更に他の適当の封筒に封入しなければならない。しかるに本件各選挙において、同令第五十七条による不在者投票三票は、いづれも外封筒がないからこれらの投票は無効の投票である。
以上(イ)乃至(ニ)に述べたとおり、本件不在者投票は法令に違反した無効の投票であるから、佐賀市選挙管理委員会の委員長は相当の措置を講ずべきであり、又投票管理者は同令第六十三条に従つて処理し、開票者管理者も同令第七十一条による決定をしなければならないのに、いづれもこれを看過したのは違法である。
三、以上の事由によつて本件各選挙は無効であるか、少くも当選は全部無効であつて、被告のなした本件裁決は不当である。そこで先づ本件裁決の取消並に本件各選挙を無効とする旨の判決を求め、もし右選挙無効の請求が理由のない場合には全部の当選を無効とする旨の判決を求めると陳述した。
(証拠省略)
被告訴訟代理人は主文と同旨の判決を求め、答弁として、
原告等主張の一の事実中、当選の効力に関し異議及び訴願を経由した事実はこれを否認し、本件異議に対する決定書及び本件訴願に対する裁決書(甲第十八及第十九号証)が各その日附の頃原告等に交付されたことは争はない。その余の事実は全部これを認める。
同二の(一)の冐頭の事実中、市長候補者小野哲一が前佐賀市助役であつた関係上同市吏員の多数と上司下僚の関係にあつたこと及び小柳万吉が佐賀市選挙管理委員会の委員長であつたことは認めるが、その余の事実は否認する。
同(一)の(1)の事実中、投票所入場券の一部が配布不能となつたことは認めるが、その余の事実は否認する。原告等が転出により選挙権を失つたと主張する人々は、選挙人名簿に登録されてない者又は二重に登録された者、佐賀市内に転出した者、転出手続をしながら転出しなかつた者、入院、看護、短期講習、入学受験等のため単に一時居所を移動する際主食等の配給を受くる便宜上転出手続をした者であつて、転出により選挙権を失つた者ではない。
同(2)の事実中、第一投票所及び第六投票所の投票録に記載した投票総数を後日訂正したことは認めるが、その余の事実は否認する。右各投票所の投票録に記載してあつた投票総数には、不在者投票数(第一投票所の分一六九票、第六投票所の分一三四票、合計三〇三票)を合算してなかつたので、これを合算した数に訂正したのであつて何等の不正もない。投票用紙の出納を明確にすべき受払簿のような書類は作成されていないが、印刷した投票用紙の数は明確で公印を押した投票用紙の数を控えた記録もある。ことに投票用紙の保管については事務局職員をして厳重に保管させていたので、保管の不始末や使用残りの投票用紙が不正に使用された事実はない。なお原告等は選挙人名簿と照合しても投票数を明確にすることができないと主張するけれども、佐賀市選挙管理委員会は「投票開票事務要領」を当該事務従事者に配布し執務に過誤がないよう注意したのであるが、選挙人名簿対照係の過誤によつて選挙人名簿の該当氏名欄に投票済の符号の記入が漏れたのが二十二名あつたに過ぎない。しかしその二十二名の投票には何等の不正もない。
同(二)の事実は否認する。本件各選挙において各投票管理者は代理投票がある都度投票立会人の意見を置いて投票補助者を選任したのである。
同(三)の(1)の事実は否認する。養老院に入院中の選挙人等は公職選挙法第四十九条第三号該当者であるが、同人等は自身で直接不在者投票用紙等の交付を請求したのではない。同人等の依頼によつて養老院の事務員が佐賀市選挙管理委員会に交付請求書及び証明書を持参して交付の請求をしたので、同委員会の委員長は郵便又は同居の親族によつて請求するよう注意したけれども、これらの選挙人には同居の親族がなく且つ郵便料の持合もないことが判つたので、選挙権の行使を全からしめる一念から、養老院の前記事務員を同居の親族に準ずるものと認めてこれに不在者投票用紙等を交付したのである。又これらの選挙人の不在者投票を封入した投票用封筒の選挙人の氏名は自署と認められたのでその後の所定の措置がなされたのである。次に選挙人佐々木勇は同居の親族により、選挙人宮田妙野は同人の入院していた指定病院の院長により、それぞれ不在者投票用紙等の交付を受けたもので原告等の主張は事実に反する。選挙人円城寺ヨシヱは同人自身で不在者投票用紙等の交付を受けたのであるが、これについても何等の違法はない。
同(2)の事実も否認する。不在者投票用紙等の交付請求についてはそれぞれ不在者投票事由に関する法定の証明書又は文書もしくは口頭による疎明がなされている。公職選挙法第四十九条第二号該当者についても法定の証明書の提出を本則として処理したのであるが、法定の証明者がないとか、受験、看護等のための旅行に出発する間際であるとか、証明係の執務時間外であるとかその他正当の事由で証明書を得られないと認めた場合に疎明によつて不在者投票用紙等を交付したのであるから何等の違法もない。又同居の親族によつて交付請求をする場合に、請求書に代理人としての資格及び住所氏名を記載すべき法令上の根拠はない。選挙人坂口ツル子、迎徳一の両名については同人等の依頼を受けたその入院中の済生会診療所の長の請求によつて不在者投票用紙等を交付したのである。もつとも同診療所は指定病院ではないが、他に済生会病院又は診療所という名称の指定病院があつたため、当該選挙事務担当者がこれと誤認して交付したのであつて、しかもこれらの選挙人の不在者投票は本人の自由意思に基いてなされ何等の不正行為も介在していない。選挙人高部カノは同人自ら不在者投票用紙等の交付請求をしたのであつて、吉田政雄がその請求をしたのではない。なお請求書及び証明書等を全然提出しない者に不在者投票用紙等を交付した事実はないが、本件選挙直後捜査当局が佐賀市選挙管理委員会の選挙関係書類を押収したので、書類の紛失したものがある。
同(3)の(イ)の不在者投票三百九十五票中、選挙人大中豊子、三ケ島ツヤ子、江島昭子の三名の投票は公職選挙法施行令第五十九条による不在者投票ではなく、選挙人池田君の外に選挙人牟田志恵子の不在者投票用封筒も裏面の記載事項は完備している。その他の三百九十票について右記載事項が完備していないことは争はない。同(ロ)の事実及び同(ハ)の事実中投票用封筒の記載の缺欠に関する事実は争はないが、(ハ)の事実中その余の事実及び同(ニ)の事実は否認する。元来不在者投票について原告等主張のような法規に合致しない点があつても、かような不在者投票の管理の違法は選挙無効の事由となるものではない。
以上の理由により原告等の選挙無効の請求は理由がない。
次に原告等は昭和二十七年二月二十七日の本件口頭弁論期日において同日附「請求趣旨同原因補充更正申立書」に基いて訴状中の請求の趣旨及び原因を補充更正することによつて、予備的請求として本件各選挙による当選を無効とする旨の判決を求めたのである。しかるに本件訴状には請求の趣旨として「当選無効の判決ありたし」と記載してあるにかかわらず、請求原因においては選挙の無効を主張しその事由として選挙法規違反の事実のみ多岐にわたつて、列挙しているのであつて訴状の記載全体の内容を解釈し且つ選挙訴訟と当選訴訟を単一の訴を以て併列的に結合することが性質上許されないことからみて、本件訴状による訴は選挙の効力に関する訴であつて当選の効力に関する訴ではなく、又選挙訴訟に当選訴訟を予備的に併合したものでもないと判断するのが相当である。しからば原告等は本件訴状を以て選挙訴訟を提起した後、訴訟の進行中新に当選訴訟を予備的に併合し、以て訴を変更したものに外ならない。しかるに新訴の請求原因第二項に選挙権のない者の投票が三百票以上あるという主張事実(原告等は後にこの票数を前記請求原因二の(一)の(1)に記載するとおり百四十三票と訂正した)は全く新な事実であつて、請求の基礎に変更があつたものといわなければならない。従つて予備的請求にかかる新訴の併合は民事訴訟法第二百三十二条に違反するから許されない。仮にそうでないとしても、原告等が取消を求める本件裁決並にその裁決の対象たる本件訴願は本件各選挙の効力に関するものであつて、当選の効力に関する訴願及び裁決のなされた事実はないから、この点においても新訴は不適法として却下すべきであると陳述した。
(証拠省略)
三、理 由
原告等の主張する前記一の事実中、本件各選挙による当選の効力に関し異議及び訴願を経由したという点を除いて、その余の事実はいづれも当事者間に争のないところである。そこで先づ選挙無効の請求に関し原告等主張の前記二の各事由について順次検討する。
二の(一)の(1)について。
原告等は佐賀市選挙管理委員会の当該係員が配布不能となつた投票所入場券の管理措置を放漫にし選挙管理に違反したため、有効投票として処理された投票中に選挙権のない者によつてなされた無効投票が百四十三票あるから、本件各選挙は無効であると主張するのである。しかし本件証拠によつてはそのような事実を認むるに足らない。しかも元来投票の無効がたとい選挙管理の違法に基因するものであつても、その無効投票の数を確定し得る場合には、それは当選の効力に影響を及ぼすことがあるに止り、一開票区又は一選挙区の選挙の全体に影響を及ぼすものではないから、仮に原告等主張の事実があつたとしてもそれは選挙無効の事由とはならない。
同(2)について。
第一投票所及び第六投票所の投票録に記載された投票総数が後日原告等主張のとおり訂正されたことは当事者間に争がない。しかし証人飯盛次郎の証言によれば、これらの投票録には不在者投票も含めた投票総数を記載すべき欄に不在者投票を含まない投票総数を記載してあつたので後日これを訂正したのであつて、その訂正が遅れたのは選挙直後選挙違反被疑事件のため選挙関係書類が全部検察庁に押収され返還が遅れたためであることが認められる。次に本件各選挙について投票用紙の出納を明確にすべき受払簿のような帳簿が作成されていないことは被告も認めるところであるが、かような帳簿は法令上作成しなければならないものではなく、原告等の主張するような投票録作成の不備又は投票用紙の管理不始末により本件各選挙の結果に異動を及ぼすべき事実を認むるに足る証拠もない。
同(二)について。
原告等は、代理投票の補助者は代理投票の申請がある都度選任しなければならないにかかわらず、本件各選挙においてはあらかじめ補助者を選任し、代理投票の申請があつた場合に自動的にその補助者によつて代理投票をさせたのは選挙人の意思を無視した違法不公正な措置であると主張するのである。なるほど公職選挙法第四十八条第一項及び同法施行令第三十九条並に同法施行規則別記第二十四号様式(投票録様式)中代理投票欄の様式によれば、代理投票の補助者は代理投票の申請をまつてその都度選任すべきものと解するのが相当である。もつとも補助者に選任さるべき候補者をあらかじめ定めることはこれらの規定に反するものではなく、むしろ投票事務の進捗に資することになろう。しかし本件各選挙において原告等主張のように代理投票の補助者をあらかじめ選定した事実を認むべき証拠はない。
同(三)の(1)について。
原告等の主張によれば、黒木ワイ外十四名の選挙人は疾病のためその現在場所において投票するという事由で本人自ら佐賀市選挙管理委員会に出頭して不在者投票用紙等の交付を受けているが、自ら出頭することのできる者に不在者投票事由があると認定したのは違法であり、又右十五名中十一名の投票用封筒表面の記載が選挙人の自書でないのに当該各管理者が法定の措置を採らなかつたのは違法であるというのである。しかし不在者投票事由は選挙の期日に投票所に出頭して投票することのできないと予想される事由であるから疾病等の事由でその現在場所において不在者投票の記載をしようとする選挙人でも、不在者投票用紙等の交付を受くるため本人自ら出頭することのできる者もないとはいえない。それは兎に角、たとい不在者投票事由の認定に違法があり又は不在者投票用封筒の記載に不備のある不在者投票の受理に違法があつたとしても、それは当該投票の効力に影響を及ぼすことがあるだけで選挙無効の事由とはならない。
同(2)について。
不在者投票事由の証明は法定の証明者の作成した証明書によるのが本則であるが、法定の証明者がない場合又は正当の事由によつて証明書を提出することができない場合にはその旨を疎明して証明書に代え得ることは公職選挙法施行令第五十二条の規定によつて明であつて、その疎明の方法には制限がない。従つて選挙人の作成したいわゆる自己証明書であつても疎明の用に供することができるわけであつて、必要があれば適宜の質問その他の方法で更に事実を確めた上、該当事由があると認めるときは不在者投票用紙等を交付しなければならない。本件において原告等主張のように不在者投票事由を証明すべき法定の証明書を提出させず且つ疎明もさせないで不在者投票用紙等を交付した事実はこれを認むるに足る証拠がない。仮に選挙人の作成した自己証明書によつてこれを交付した事実があるとしても、自己証明書も疎明の用に供し得ることは前段説明のとおりであるから、自己証明書によつて交付したという一事を以てその交付手続が違法であるとはいえない。
次に公職選挙法第四十九条第三号の事由によつて選挙人がその現在場所において不在者投票の記載をするため同居の親族により不在者投票用紙等の交付を請求する場合に、その提出すべき交付請求書に代理人の資格及び住所氏名を記載しなければならないという規定はないが、この場合その同居親族は選挙人の代理人として交付請求をするのであるから、請求書に選挙人の氏名の外同居親族の氏名及び同居親族であることを記載するのは事の性質上当然のことであろう。しかし同居親族によつて交付請求する場合は必ずその同居親族が所轄市町村選挙管理委員会に出頭してその請求をしなければならないのであるから、請求書に選挙人の氏名だけ記載して同居親族の氏名等を記載していなくても、当該市町村選挙管理委員会の委員長はその者が同居親族であるか否かを確めることが可能であつて、不在者投票に関する調書には同居親族によつて請求した場合はその旨を記載することになつているのであるから、請求書に同居親族の氏名及び同居親族であることを記載しなくても、不在者投票用紙等の交付手続が違法であるとはいえないし仮に違法だとしても、そのため選挙を無効たらしめるものとはいえない。本件についてこれをみるに、証人樋口繁二及び飯盛次郎の各証言によれば、同居親族による不在者投票用紙等の交付請求があつた場合に、請求書に同居親族の氏名及び同居親族であることは記載させなかつたが、選挙人との身分関係を質問し同居親族であることを確認した上これを交付した事実が認められるから、その交付手続が違法で選挙の結果に異動を及ぼすものとはいえない。
又選挙人坂口ツル子、同迎徳一の両名がその入院中の指定病院以外の病院の長によつて不在者投票用紙等の交付を受けたことは当事者間に争がなく、選挙人高部カノは成立に争のない甲第六号証の四によると本人直接不在者投票用紙等の交付を受けたことになつているが、検証の際における被告代理人の供述によると法定の請求資格のない吉田政雄によつてその交付を受けたことが認められる。従つて以上の選挙人三名に対する不在者投票用紙等の交付手続は違法であるけれども、それは当該選挙人の投票の効力に影響を及ぼすことがあるに止り選挙全部を無効たらしめるものではない。
同(3)の(イ)乃至(ニ)について。
原告等の主張するところは要するに、本件不在者投票中には投票用封筒の記載事項が完備せず又は外封筒がないため無効と認むべき投票が前記(イ)乃至(ニ)を通じて合計九百十六票あるにかかわらず、当該選挙管理者が相当の措置を講ぜず又は投票不受理の決定をしないで看過したのは違法であるというのである。しかし不在者投票用封筒の記載事項が完備せず又外封筒がなくとも、必ずしもその投票が無効となるものではない、のみならず、たといそのため投票が無効となり且つ当該選挙管理者のなした該無効投票の措置に違法の点がある場合でも、それは当該投票の効力、従つて当選の効力に関する問題であつて、一開票区又は一選挙区の選挙の全体に影響を及ぼすものではないから選挙無効の事由とはならない。
以上説明のとおりであるから本件各選挙の無効を主張する原告等の第一次の本訴請求は失当であつてこれを認容することができない。
次に予備的請求たる当選無効の請求について訴の適否を検討するに、先づ本件訴状をみると請求の趣旨の部にはその前段に本件各選挙の効力に関し原告等のなした訴願に対し被告のなした本件裁決の取消を求める旨を記載しながら、その後段には「以て当選無効と判決ありたし」と記載している。しかるに請求原因の部には選挙の管理執行に関する違反事実を列挙し、一部に投票数よりも開票数が多くて三百三票の幽霊投票があることを附加しているが、随所に本件選挙は効力がない旨を記載してあつて当選の無効を主張する趣旨の記載はない。そこでこれらの訴状全体の記載を通観し且つ該訴状が弁護士によらないで原告等本人の名義で作成されている点を斟酌すると、本件訴状による訴は本件各選挙の無効を主張し選挙無効の判決を求める趣旨であつて、前記請求の趣旨中後段の記載は、もともと当選無効の請求は選挙が有効であることを前提とすきべものであり選挙が無効の場合には当選は当然無効となるのであるから単に選挙無効の判決を求むれば足るに拘らず、原告等はその間の事理に通じないため、選挙無効の請求をする趣旨の下に「当選無効と判決ありたし」と記載したものと認めるのが相当である。これを当選無効の訴又は選挙及び当選の無効を併合した訴とは認められない。しかるに本件訴状の提出後昭和二十七年二月二十七日の本件口頭弁論期日において、原告等は、その訴訟代理人によつて、同日附「請求趣旨同原因補充更正申立書」に基き訴状記載の請求の趣旨並に原因を変更し以て本件各選挙の無効の訴にこれらの選挙における当選無効の訴を併合提起し、次で同年三月二十八日の本件口頭弁論期日において同月二十日附準備書面に基き選挙無効の請求を第一次的請求とし当選無効の請求を予備的請求とする旨を陳述したことは記録に徴して明である。従つて原告等は昭和二十七年二月二十七日に至つて本件当選無効の訴を提起したわけである。しかるに成立に争のない甲第一号証の一乃至三、同第二号証の一、同第十八及び第十九号証によると、原告両名その他によつてなされた本件各選挙に関する異議及び訴願の申立並にこれに対し佐賀市選挙管理委員会のなした決定及び被告のなした裁決は、いづれも選挙の効力に関するものであつて、当選の効力に関するものとは認められない。もつとも右甲第一号証の二中昭和二十六年五月八日附の異議申立書には冐頭に「異議申立追加と同時に当選無効事由左記の通り異議申立す」と記載し、末尾にも「仍而当選無効異議申立をす」と記載しているが、同申立書に記載している異議事由自体は選挙の効力に関する異議事由であるのみならず、甲第一号証の二中同月十日附の「異議申立追加」と題する書面には同月八日附の前記異議申立書に記載する事由に関連事実を追加した上「二十三日執行の地方選挙は総て無効であることを異議申立追加する」と記載してある点からみても、同月八日附の異議申立書に「当選無効」と記載しているのは「選挙無効」の誤記と認めるのが相当であつて、前示甲第一号証の一及び三と通覧しても当選の効力に関する異議申立とは認められない。又明示甲第十八号証の異議に対する決定書にはその末尾に「申立の理由が何等選挙の無効又は当選無効となるべき根拠がない」と記載しているが、それは選挙無効の異議について理由のないことを判断するに際し事のついでに申立の事由は当選無効の事由にもならないことを念のため書添えたに過ぎないことは同決定書全体の趣旨からみてこれを諒知することができよう。なお成立に争のない甲第二号証の二の同年九月三日附「佐賀市地方選挙に対する訴願書に関する件」と題する書面には、訴願人等協議の結果本件異議及び訴願は公職選挙法第二百六条の当選の効力に関する異議及び訴願であると意思決定をした旨の記載があるけれども、該書面は本件各選挙による当選の効力に関する異議及び訴願の申立期間経過後に訴願庁に提出されたものであるから、これによつて従前の選挙の効力に関する異議及び訴願が当選の効力に関する適法の異議又は訴願に変更されるものではない。その他本件において当選の効力に関し適法の異議及び訴願の手続を経由した事実を認むべき証拠がないから、本件当選無効の訴はこの点において不適法であるのみならず、仮に本件裁決が原告等の主張するように当選の効力に関する裁決を含むものであつて当選の効力に関する適法の異議及び訴願に基くものであるとしても、本件当選無効の訴は右裁決書が原告等に交付された後四月余を経て提起されたもので出訴期間経過後の訴であることは明であるから、この点においても該訴は不適法といわなければならない従つてこれを却下する外はない。
そこで民事訴訟法第八十九条を適用して主文のとおり判決する。
(裁判官 森静雄 竹下利之右衛門 中園原一)